103系・常磐線色

 

古いカトーの単品6両収紊ケース(現在は7両ですか)を久しぶりに開くと久しぶりに出てきました。小学生の頃、買って貰った時のものです。

日付を見ると昭和613月・・・そう、わが町(当時)についに鉄道、京葉線が開通した時です。
(京葉線の想い出は後日にでも書きましょう・・・)

今も昔も変わらず、鉄道模型は安い買い物ではありません。とはいえ、LSIゲーム、ファミリーコンピューター、田宮のラジコン、シルバニアファミリー・・・子供に掛ける金銭が高騰する高品位な玩具が次々と登場した頃でした。鉄道模型も同じです。

鉄道模型も数多くのメーカーが乱立、そして衰退していき完成品は大手2社の円熟期に入った頃です。
そんな時代でも入門の定番は旧動力のキハ20、そして103系でした。当時の我が家ははマンション暮らし、600×900のミニレイアウトが精一杯です。レンタルレイアウトのようなモノのない時代ですから、おのずと走る車両は短編成になります。少量編成が好みなのも当時のレイアウト事情が大きいのかもしれません。

ある日、親に聞いた事があります。
「この片運転台のパンタ付動力車(クモハ103)と、片運転台車(クハ103)を組み合わせて2両で走らせられないかな?《

当時は小編成のラインナップと言えば気動車しかなく、地方鉄道モノもグリーンマックスの組み立てしかない時代、欲していたのは2両程度のローカル電車でした。
実際には有ったのか無かったのかは知りません。
でも、いいんです。たった2両の国電、面白いじゃないですか。

父も「それは面白い考えだ《と答え、春のある日、これをプレゼントしてくれました。
それは小学校卒業の記念になりました。

久しぶりにケースを開けてみます。プラケース表面はビニール地に侵食され、半透明になってしまっています。(古い赤か青の6両ケースが起こりやすいようです)
とはいえ開いてみると綺麗なままの車両です。しっかりとプレゼント日が車両ケースに書かれているのが、懐かしいです。
シールは当時頑張って貼ったんでしょう、上野行きになっています。方向幕など殆ど気にしない今となっては当時の方が熱心です。
そして、その後に交換したんでしょう、カトーカプラーに交換したようです。カプラーなど殆ど気にしない今となっては(以下同文)

そして今回、初めて気がついた事がありました。
模型店にはあまり置いていないであろう動力付のクモハ103、それも常磐色を確保するために父は高田馬場の東京サービスセンターまで買いに行ったようです。

検査証には西落合の前の住所が記載されておりました。まぁ父のことですから自分のものも買っていたかもしれませんが。(笑)

あと・・・前照灯が改造されて点灯するようになっています。昔の麦球と光ファイバーの簡単なものですが、効果は絶大です。私はいまだに電気関係は弱いのでこういうのには手が出せません。



今は親の身となり、当時の子供の為に都内を奔走した父を思うと熱く胸を衝かれた思いです。私も・・・きっとそうするんでしょうね。
壊れたトーマスのプラレールを熱心に(半分楽しみに)修理している私の姿を見たら、きっと笑うでしょうか。

2013/06/10掲載